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救世主監督片野坂知宏

 

プロローグ 爆誕! 救世主監督カタノサカ

「古巣の危機を救いに来ました。いまこそ恩返しをするときだと思っています」

 新指揮官はそう言って、救世主のように登場した。そしてボロボロになった集団の陣頭に勇敢に立つと、丁々発止と数々の局面を切り抜け、約束どおり、いや、約束以上に、鶴も顔負けの恩返しを遂げてみせた。

 

 これはJリーグ史上初、J3からJ1へとチームを〝二段階昇格〟させた男と、彼が率いるチームの物語だ。

 男の名は片野坂知宏。現役時代にプレーしたこともある大分トリニータで2016年、監督業に就いた。それが火中の栗を拾う選択であることも、重々承知の上で。

 当時、トリニータは絶望的な苦境にあった。おそらくクラブ史上2度目の、最大級の存続の危機だ。

 最初の危機は2009年。7年にわたりJ1で戦ってきたチームが14連敗してJ2に降格するとともに、累積赤字11億円、債務超過額11億円超という未曾有の経営難が明るみに出た。前年にナビスコカップで優勝し、 「地方の星」ともてはやされた直後の出来事だった。

 クラブがあちこちから資金を掻き集めて急場をしのぐ中、チームは2012年、昇格プレーオフを制してJ1昇格を果たす。これでとりあえず潰れる心配はなくなったが、当然、J1で戦うだけの体力もなく一年でJ2に逆戻り。それでも経営状態は少しずつ上向き、今度こそJ1に定着できるよう再チャレンジしようというところまで来た。

 その矢先の、2度目だ。2015年のトリニータはボタンを掛け違えたように失速し、まさかのJ3降格。このままJ3から上がってこれないようであれば観客は減り、スポンサーも離れ、またも存続が危ぶまれることになる。

 なんとしても一年でJ2に復帰せよ!

 そんなミッションなど、誰が好き好んで背負うだろう。J3降格で戦力の確保も難しく、ましてや過去にいろいろあったクラブだ。飛んで火に入るマゾヒスティックな物好きは、そう簡単には見つからない。

 もういい、もういいんだ。このまま地方弱小クラブにふさわしい楚々としたたたずまいで、トリニータが存続さえしてくれればそれでいい……。

 幾多の荒波に揉まれてマッチョメンタルに鍛えられたトリサポたちでさえ、地面に膝をつくばかりに打ちのめされていた。華やかだったJ1時代の思い出が、走馬灯のように脳裏を駆けめぐる。

 そのとき突然、走馬灯が急ブレーキをかけた。ぐるぐる回っていた群れを離れ、一頭の白馬がこちらにやってくる。その背にまたがっているのは、救世主・カタノサカ!

「僕は、トリニータで指導者としての一歩を踏み出し、このクラブにS級ライセンスも取らせてもらいました。その御恩を返したいと思います」

 Jリーグ創設当時、サンフレッチェ広島風間八宏高木琢也といったスターの華々しいゴールをお膳立てしてきた左サイドバック。2000年と2003年にはトリニータでもプレーした。キャプテンも務めたが、プレーヤーとしてはすでに旬を過ぎており、引退後は強化スタッフやコーチとして2006年までトリニータに籍を置く。その後はガンバ大阪サンフレッチェ広島でコーチとして指導経験を積み、その間に西野朗長谷川健太ミハイロ・ペトロヴィッチ森保一という4人の名将から、勝負やマネジメントの極意を学んだ。

 そんな彼自身がついに現場の最高責任者として、その手腕をベールから解き放つ日が来たのだ。

 実は 「トリニータの新指揮官=片野坂」説は、J3降格決定直後から、一部のサポーター界隈でまことしやかに囁かれていた。すでに話はまとまっているらしいのに発表できないのは、片野坂がヘッドコーチを務めているガンバ大阪天皇杯を勝ち上がっているからだという。

「早く負けてしまえ!」

 全トリサポのよこしまな願いも空しくガンバは決勝まで勝ち上がり、きっちりと優勝してシーズンを終えた。さあ、これでようやく指揮官就任が公にできるはず……!

 クラブからの正式発表は2016年1月11日。片野坂監督爆誕のニュースは大分に光をもたらし、トリサポの息を一気に吹き返した。

 なにしろ有能疑惑がハンパないのだ。片野坂がガンバとサンフレッチェで指揮官の参謀を務めていたシーズンは、ほぼ毎年のようにタイトルを獲っている。名将の陰に名参謀あり。名参謀は名将となりうるのか。なるに違いない。なってほしい。きっとなる。

 切実なトリサポたちの思いを背負ってトリニータ初のJ3に挑んだ新指揮官は、慣れないカテゴリーに四苦八苦しながらも、最後には5連勝フィニッシュで優勝し、クラブの命運を懸けたミッションを完璧に達成する。そればかりかこれまでのトリニータとは全く異なる新たなスタイルを構築し、2017年には終盤まで昇格争いに絡んだかと思うと、その翌年にはJ1自動昇格まで果たしてしまった。

 片野坂フィーバーはとどまるところを知らず、むしろ誰もが苦戦を予想していたJ1で、さらなる輝きを放つ。開幕戦でいきなりアジア王者の鹿島アントラーズを下し、第2節では同じJ2からの昇格組である松本山雅FCに敗れたものの、第3節でジュビロ磐田、第4節では横浜F・マリノスと、J1のそうそうたるチームに勝利して、好スタートを切ったのだ。

 そのサッカースタイルの徹底ぶりと戦術の的確さで、片野坂トリニータは一躍脚光を浴びた。3年前の瀕死状態から蘇ったトリサポたちは生きる歓びを噛み締めている。波乱万丈のクラブ史とともに人生を歩んできただけに、口では 「いやまた何が起きるかわからないから」「ここからが大変だから」と言うのだが、それでも有頂天になるのを抑えきれない。

 これは、そんなクラブとクラブを取り巻く人々の命運を背負い最前線で身体を張って闘う男と、彼が率いるチームの物語だ。

 

◆〝秘技・猫じゃらし〟にみんな釘付け

 

 一応、マスクを着用してはいたのだが、小さな地方都市のことだ。スーパーマーケットで惣菜を選ぶ指揮官の姿は、何人ものサポーターに目撃されていた。

 家族と愛犬を広島の自宅に残しての単身赴任。コタツで焼酎を片手に一人鍋をつつきながらプレミアリーグブンデスリーガを見るのが日々の楽しみだ。

 そんな気取らなさでも親しみを持たれながら、それ以上にトリサポたちのハートをがっちりと掴んだのは、カタさんが試合中にテクニカルエリアで見せる姿だった。

 90分間ほとんど、じっとしていることがない。ピッチ上の選手たちに指示を送る姿が躍動感に満ちあふれている。こっちが空いているぞと大の字ジャンプで逆サイドの選手にアピールし、上がれ下がれと腕を振り回す。パスミスでボールを奪われれば膝を折って悔しがり、シュートが枠を外れれば両手で髪を搔きむしる。縦パスに並走してタッチライン際を攻め上がったときは、さすがにテクニカルエリアから出ちゃダメですと第四審判に叱られて、その後は攻撃参加(?)せずにラインぎりぎりで爪先立ちになって堪えていたのだが。

「DAZNはテクニカルエリア専用カメラを置くべき」

「カタさんもGPSで走行距離を計測するべき」

 あまりにアグレッシブなコーチングスタイルにそんな提案が相次ぎ、SNSでは面白がって誰かの作ったヒートマップがすごい勢いで拡散された。話題になっていると指摘すると、指揮官は照れまくった。

「いや、そんな目立っちゃってますか。僕はただ90分間、選手と一緒に戦ってるつもりなだけなんですけど。僕じゃなくて選手のほうにもっと注目してください」

 切ないことにカタさんの声は、観客の歓声やサポーターのチャントに掻き消されて、ピッチに届かないことも多い。

「まあ大半は何を言ってるか聞こえてないんですけど、雰囲気で理解してます」

 などと笑いながら、選手たちは躍動する指揮官とともに激しい試合を泳ぎきっていく。

 そうやって展開する独特のサッカースタイルが、また話題性に富んでいた。

 攻撃時には大抵、ゴールキーパーセンターバックでの延々としたボールのやりとりがはじまる。

「何しよるんか、前に蹴らんかーーー!」

「腰の引けたようなサッカーするんじゃねえぞー!」

 スタンドからは焦れたように、オッサンたちの怒号が飛ぶ。

 それでも横パスやバックパスをゆらゆらと繋ぐ選手たち。その足元をめがけて、相手がものすごい勢いで突っ込んでくる。奪われたが最後、ゴールは目の前だ。失点は免れない。

「危なーい!」

 観客の悲鳴が上がる中、ボールは突っ込んでくる相手をかわし、きわどいタイミングでひょいっと味方へと渡される。今度はそこをめがけて突進する相手選手。またもボールはぎりぎりで、別の味方の足元へ。ときにはボランチも輪に加わりながら、その繰り返しは次第に、猫をじゃらして遊んでいる様相を呈してくる。

 と、そのとき。キーパーが大きくボールを前線へと蹴り出した。そこで待っていたのは、すばしっこいフォワードだ。後ろで回されるボールが少しずつ前進しそうな気配につられて、相手の意識はいつのまにかそちらに集中している。それこそが猫じゃらしの狙いだった。相手がいきなり頭上を越えたボールの行方を振り返ったときには、トリニータは相手の守備の手薄なところを突いて、一気にゴールに迫っている。

 この〝秘技・猫じゃらし〟が定着してくると、対戦相手も対策を練るようになった。手を変え品を変え、それぞれのチームの得意技を駆使して、どうにかして秘技を封じ込めようとかかってくる。

 その多彩な反撃にはカタさんもだいぶ苦しめられた。だが、そんなことははなから織り込み済みだ。むしろ対策を講じられ、さらにそれを上回る次の一手を考えることで、片野坂知宏のサッカー、略して〝カタノサッカー〟は徐々に磨かれていったのだ。

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救世主監督片野坂知宏